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1980年代~概要
ムード歌謡の派生で、1980年代に誕生しました。ムード歌謡をよりポップで現代的にしたものや、高年齢層へのアピールを強く意識したソフトなロックなどの総称です。
日本の若年層向けポピュラー音楽で主流だったフォーク的な要素から離れ、ポップ・ロック、R&Bやジャズ、クロスオーバーなどに大きく傾倒し、高度な作編曲や演奏のテクニックを駆使する音楽スタイルは聴衆から非常に洗練された都会的なものと受け取られ、レコード会社もこれをフォークやその派生物とは違うものとして、都会のポップ="シティ・ポップス"という呼称でアピールを行うようになっていきました。
具体的なミュージシャンとしては、濱田金吾、安部恭弘、杉真理、山本達彦、稲垣潤一、鈴木雄大、角松敏生などが挙げられ、場合によっては山下達郎や南佳孝なども含める考え方があるが、その範囲の定義については極めてあいまいであり、語る者によって範囲が一致しないことが多いです。
フォークから発展したニューミュージックとは本来重ならないはずだが、ニューミュージックの定義もまた極めてあいまいなことから、実際にはこの2つは重ねて語られることがしばしばあり、シティ・ポップスとも呼ばれ、かつニューミュージックとも呼ばれる音楽というものも存在します。
1980年代前半には、和製ポップスという言葉がニューミュージックの一部とシティ・ポップスの範囲を示す言葉として用いられ、さらに1990年ごろからは歌謡曲からハードロックやクラブミュージックまでをも包含した"J-POP"という総称へと変化していきます。1990年代以降はシティ・ポップスという呼称はほとんど使われなくなったが、2000年代後半に入ると、1980年代に青年期を過ごした聴衆が加齢して音楽業界、さらには社会全体の中核を担うようになり、またもともと高年齢層へのアピールを意識した音楽スタイルでもあったことから、シティ・ポップスというジャンルの再評価・再発見を行おうとする機運もある(これには2000年代の音楽産業の不振から発生した、高年齢層への販売促進の意図も多分に含まれる)。
2000年以降ではキンモクセイがシティポップスグループを自称し、キリンジなども「自分たちの音楽はシティポップスだ」という趣旨の発言を行っています。
他にも土岐麻子などがこうした路線に追随する作品を発表しています。